「ことばのポトラックvol.1」 絶賛発売中!

2011年3月11日に起きた東日本大震災から16日後の3月27日、大竹昭子の呼びかけで、サラヴァ東京(東京/渋谷)にてスタートしたことばを持ち寄るこころみ。第一回目には13人の詩人と作家たちが参加して感動的な会になりました。( potluck = 「持ち寄る」)

2015年6月2日火曜日

「本のポトラック vol.12」(2015.5.24)に、
出版社から本をご寄贈いただきました。

以下の13社から、出演者の著書と推薦本を無償でご提供いただき、当日販売いたしました。今回はとても売れ行きがよく、本の売り上げ金と会場収入をあわせた108.000円を、次回の寄付金としてプールいたしました。ご協力くださった出版社にお礼をもうしあげます。ありがとうございました。(大竹昭子)

新潮社/岩波書店/平凡社/アルテス・パブリッシング/中央公論新社/集英社/講談社/朝日新聞出版/翔泳社/朝日出版/筑摩書房/福音館/河出書房新社/文藝春秋

(本の販売を受け持ってくださった黒田玲子さん、坂井聖美さん、猿田詠子さん、内藤寛さん、ありがとうございました!)



2015年5月24日(日)ことばのポトラック vol.12
「五つの声のかたち」を終えて


ご参加いただいたみなさま、どうもありがとうございました。

★大竹昭子さんのレポートはこちら。

★寄付金120.090円は、大震災後に陸前高田に移住し、そこで映像とことばによる記録活動をしている女性のアートユニット、小森はるか+瀬尾なつみさんにお贈りしました。

2015年4月3日金曜日

ことばのポトラック vol.12「五つの声のかたち」
5月24日(日)開催決定!

12回を迎える今回は、歌あり、独り芝居あり、朗読ありと、これまで以上にジャンルの垣根を踏み越えます。共通するのは「声」の表現であること。五つの声のかたちが交わる場にお立ち会いください。
(企画・堀江敏幸 大竹昭子)

◎出演

加藤典洋(評論家)
高泉淳子(俳優)
松田美緒(歌手)
堀江敏幸(作家)
大竹昭子(作家)

司会 堀江敏幸 大竹昭子


◎日時
2015年5月24日(日)
12:00 開場
12:30 映像「ことばのポトラックvol.11(撮影・構成 大川景子)上映
13:00 本編スタート
     終了後、寄付金贈呈式

◎会場 
サラヴァ東京 渋谷区松濤1-29-1クロスロードビルB1

◎参加費 
2,000円(お茶付き)

◎予約開始 
2015年4月30日(木)WEB予約 00:00~、電話予約 16:00~19:00
電話 03-6427-8886(平日のみ)
HP http://l-amusee.com/saravah/schedule/log/20150524.php

*入場料の一部を東日本大震災の復興関連の活動に寄付いたします。また出演者の著作および推薦書を出版社から提供いただき当日販売いたします。この「本のポトラック」の売り上げも寄付金に当てます。

2015年2月1日日曜日

「ことばのポトラック vol.12」2015年5月開催予定

「ことばのポトラック vol.12」は、2015年5月に開催の予定で、いま出演者と交渉を進めているところです。
企画は堀江敏幸さんと大竹昭子さん、会場は前と同じ渋谷のサラヴァ東京。
4月半ばには詳細をお知らせいたします。

2014年9月25日木曜日

詩人の文月悠光さんが書かれた稲葉真弓さんの追悼の言葉をご紹介いたします。稲葉さんの『連作・志摩 ひかりへの旅』の書評として寄稿したものです。



「女詩会」出演者の最年長は稲葉さん、最年少は文月さんでした。文月さんは緊張して打ち合せに来られたそうです。それはそうです。あのときはまだ大学生だったんですから!  また出演者のひとり唐作圭子さんは妊娠中で大きなお腹をしていました。しかも、お腹のなかにいたのは女の子。そのことで打ち合せのときに大いに盛り上がり、いまの時代に女と銘打ってイベントをするのは陳腐かも、と言いながらも終始、前向きなエネルギーに包まれていたのを憶えています。「ポトラック」でなければあり得ない試みだったでしょう。大震災をきっかけに、私たちの足場をもっとしっかりしたものにしなければ、という思いで心がひとつになったのです。打ち合わせの場に稲葉さんはユーハイムのバウムクーヘンをもってきてくれ、みんなでそれを食べながら、タイトル何にする?なんて話し合ったのでした。(2014.9.24 大竹昭子)

2014年9月18日木曜日

大竹昭子さんによる稲葉真弓さんの追悼文


「西日本新聞」(2014年9月17日付)に大竹昭子さんによる稲葉真弓さんの追悼文が掲載されました。稲葉さんが出演された「ことばのポトラック<女詩会>」の様子にも触れています。

忘れられないあの声
大竹昭子

 はじめて稲葉真弓さんにお会いしたのは八十年代初め、忘れもしない新宿のゴールデン街でのことだった。「深夜+ワン」というミステリー作家が来る店の奥に、稲葉さんは編集者や作家に囲まれて座っていた。
 肩まで届くロングヘアーに白いドレス。ペンよりはマイクを握って歌う姿が似合いそうな雰囲気だった。それは彼女の声のせいもあったかもしれない。短く切りそろえた前髪の下あたりから流れ出る低い声が、個性派の歌手を思わせた。
 十代から文学の世界に身を浸してきた稲葉さんとちがい、長いこと何処ともつかない世界をふらふらしていた私の周囲に、小説や詩を書く人はいなかった。稲葉さんは私がナマの姿に接した最初の小説家だった。お姿が深く印象に刻まれたのは、そのせいもあったのだろう。
 その夜は遅くなり、タクシーに同乗して帰宅したが、驚くことに稲葉さんの家は私の実家の目と鼻の先にあった。木立のなかの一軒家で、遊びにいくと作品に漂う仄暗い気配がその家の佇まいと重なり、虚構と現実の見分けがつかなくなった。
 やがて私は実家を離れ、稲葉さんも都心に引っ越され、活躍のご様子を遠くに仰ぎ見るだけの関係になったが、それが変化したのは大震災のときである。恐怖と悲しみに声も出ないような状態になったとき、まずはことばを発することが大切だと思い、知り合いの詩人や作家に声をかけて「ことばのポトラック」という朗読イベントをおこなった。震災からまだ二週足らずの初回のこのとき、稲葉さんは名古屋の実家にいて出演は叶わなかったが、半年後に女性の詩人だけでおこなった舞台に出ていただいた。
 「女詩会」と名付けたこの回は、私が稲葉さんと仕事を通して関わった最初で最後の機会となった。思い出すのは出演者六名とおこなった打ち合わせの場だ。稲葉さんはいつも分銅のような働きをしてくれ、彼女の声が響くと、部活のノリに傾きそうになる気分がきゅっと引き締まるのがわかった。
 「ポトラック」の後、誘ってくれてありがとうというメールが稲葉さんから届いた。お礼を言うべきなのはこちらだったが、詩を書くきっかけを与えられたことを彼女は喜んでくれたのだった。詩は自分にとって特別なもので簡単には書けないけど、死ぬまでにあと一冊詩集を出せたら、とも書かれていた。
 その思いは、今年三月、『ひかりへの旅』を上梓して果たされる。三分の二近くが書き下ろしの詩で、なかなか書けないと言いつつも、書きつづける努力を重ねていたことに感銘した。
 稲葉さんの訃報に接して、あの「女詩会」の朗読シーンが脳裏に浮かんできた。全編を撮ってくれた映像作家の大川景子さんに連絡し、稲葉さんの出演部分を編集して短い映像をつくってもらった。「稲葉真弓さんを偲んで」という題でYouTubeで見ることができる。低いトーンで淡々と読み上げられる言葉の数々が、いま心の洞窟に響きわたっている。
                        

2014年9月11日木曜日

稲葉真弓さんを偲んで

小説家で詩人の稲葉真弓さんが8月30日に他界されました。稲葉さんとはニューヨークから帰って間もない80年代初めに知り合っておつきあいがはじまり、2011年には「ことばのポトラックvol.4」<女詩会>」にも出演していただきました。2年前に癌の告知をうけ、闘病しながら執筆活動なさっていたそうです。
彼女のことを想うとき、まず浮かんでくるのがあの印象的な声。よく響く低い声に暖かな力がこもり、忘れがたいです。「ポトラック<女詩会>」の映像から稲葉真弓さんが出演している部分を編集して「稲葉真弓さんを偲んで」という短い映像を作りました。ポトラックの記録をしてくれている大川景子さんの作です。魅力ある声で読み上げられる2篇の詩をお聞きください。(2014.9.10 大竹昭子)