「ことばのポトラックvol.1」 絶賛発売中!

2011年3月11日に起きた東日本大震災から16日後の3月27日、大竹昭子の呼びかけで、サラヴァ東京(東京/渋谷)にてスタートしたことばを持ち寄るこころみ。第一回目には13人の詩人と作家たちが参加して感動的な会になりました。( potluck = 「持ち寄る」)

2019年4月9日火曜日

写真家の志賀理江子さんをお迎えした、ことばのポトラックvol.15 ダイジェスト映像を公開!

2018年3月11日(日)に開催された、「ことばのポトラックvol.15 大震災から今まで、言葉になること、ならないこと」 のダイジェスト映像を公開しました。志賀さんはこの日、これまで語ってこなかった震災の体験をはじめて公の場で話しました。テキストを用意して映像を上映しながら、強い意思と覚悟をもって話したのです。現在、志賀さんの写真展「ヒューマン・スプリング」(2019年3/5~5/6)が東京都写真美術館で開催中ですが、このときのトークをきっかけに1年かけてテーマを抽出して作り上げられました。




撮影・編集:
磯崎未菜

出演:
志賀理江子(写真家)
清水チナツ(元せんだいメディアテーク学芸員)

司会進行:
堀江敏幸・大竹昭子


日時:
2018年3月11日(日)

会場:
サラヴァ東京

2019年3月21日木曜日

赤城修司さんをお迎えした第16回「ことばのポトラック」のご報告です。

はじめて福島からお迎えした第16回のゲストは、大震災以来、身のまわりを撮影しつづけてきた赤城修司さんです。まず昨年の「ことばのポトラック」のダイジェスト映像(撮影・編集 磯崎未菜)を上映、志賀理江子さんが2時間ノンストップで語ったあの日の熱気を思い起こし、この一年遠ざかっていた大震災の記憶をそれぞれのうちによみがえらさせたところで、赤城さんにご登壇いただきました。

右から赤城修司さん、堀江敏幸さん、大竹昭子。

赤城さんは福島市内の高校で美術教師を務めていますが、震災の翌日から周囲の様子をカメラに収めはじめ、いまもつづけています。これまで50回近く講演してこられましたが、今回のトークのために彼は「がんばろう!福島」というスローガンを撮った写真をセレクトしました。それを見せながら語った彼の言葉からは、街のいたるところに、「がんばろう!」があふれていた異様さが伝わってきました。

原発事故が起きたとき、赤城さんがまず思ったのは子どもたちを安全な場所に逃がそうということでした。密かにポスターも自作しますが、公の立場からそのような発言は出てこず、がんばることだけが叫ばれました。がんばるにはこの地に留まることが必然であり、まるで戦時中の一億玉砕のようだったといいます。

前半は、赤城さんの写真をスライドで見ながらトークを聞く。

赤城さんは著書『Fukushima Traces 2011-2013』(オシリス)のなかでこのように書いています。震災後の3日間、人々は肩書き、年齢といったものにとらわれず、目の前の人を助けるために自ら動いていた。「立場」でものを言う人はいなかった。でも、組織が動きだすとそれが一変し、みなが組織の判断を仰ぎ、自分で考えたことより上からの指示を優先するようになり、さまざまなことがちぐはぐになった……。

教育現場にいる赤城さんは学校でも日々それを感じています。映された動画のひとつには生徒が「起立、礼、着席」の号令のもとに行動するシーンがあり、学校から遠ざかっている私にはどこか別の国の光景のように思えたものです。このように、生徒にものを考えさせまいとする教育が進行していることと、「がんばろう福島」が連呼されることが無縁であるはずはありません。

赤城さんのスライドより。

そもそも今回赤城さんが「がんばろう福島」に絞って語ることにしたのは、2月に出版された安東量子さんの『海を撃つ』(みすず書房)を赤城さんが読まれているなら、トークでご感想を伺えないだろうか、と私が事前にメールで投げかけたのがきっかけでした。
安東さんの著書について簡単に触れておくと、彼女は震災後、福島に留まりたい人のために「エートス福島」という活動を立ち上げ、放射線量についての知識の獲得や測定作業をはじめます。『海を撃つ』には、人と一緒に行動をするのが苦手だった彼女が、止むに止まれずこの活動をはじめた経緯、その途上で感じ考えたことなどが時間を追って語られていきます。私はこれをひとりの女性の行動の軌跡として興味深く読み、また文章が内省的であることにも好感をもち、トークで取り上げたいと思ったのでした。

赤城さんは安東さんの活動を知っていましたが、留まることが前提の内容に当時は反発を抱いたと言います。社会全体がひとつの方向に流れていく危険を感じていた彼にとって、それを助長する動きに思えたのは当然でしょう。「あの活動に救われたという人がいること、職業上、逃げたくても逃げられない人がいることは、いま振り返ってみればわかるけれど、あのときはこの事故に対して自分はどういう態度をとるべきか、それだけを考えました。留まることは過ちを犯した政治に一票を投じることになる、そう思ったのです」。

起きてしまったことを受け入れ、何ができるかを考えようとした安東さん。「逃げる」ことが事故への責任のとり方だと考えた赤城さん。どちらも自分自身に真剣に問うたがゆえの判断ですが、政治に都合のいい方が拡大し、流れが一方向に決まっていったことに赤城さんは敏感に反応したのでした。

赤城さんは社会を疑い、群れることを嫌いますが、自分を疑うことも忘れてはいません。聴衆の前に立つと、自分があたかも「正しい」ことを語っているような雰囲気になり、美談のように受け止められるのには違和感がある、本当は自分の言ったことに反論する人がでてくるべきなのだ、という彼の言葉から学ぶべきことは多いと思いました。

同じく教育の現場に関わる堀江さんからも「ナマの声」が。

「ことばのポトラック」はロジックを突き詰める場ではなく、言葉にしにくいもどかい思いや、自分のことばを見つけようとする姿をみんなの前にさらす場なのではないか、また観客が求めているのも答えや結論ではなく、書きことばでは伝わりにくいナマの声が放つエネルギーなのではないか、改めてそう感じられたとても緊張感のある時間でした。

いつもはわたしがインタビュアーになり、堀江さんは少し引いた視点でそれをまとめるという役回りでしたが、今回は堀江さんが身を乗り出して発言されていたのが印象的でした。教育現場に関わっているおふたりが、個の立場でしか仕事をしてこなかった私のような者にはわからない、教育の危機を感じておられるのを実感いたしました。(大竹昭子)

最後に記念写真を

写真提供:稲木紫織さん

2019年 「本のポトラック」と寄付金のご報告

毎回、出演者の推薦する本を出版社から献本いただき、割引価格で販売する「本のポトラック」をトーク終了後に行います。
推薦者が口上を述べて観客の面前で売る方式にしてから人気が上昇し、今回も多くの方が会場に残られ、熱気ある「叩き売り」になりました。お一人が2、3冊買ってくださり、1冊に複数の手があがることもあり(そのときはその場でジャンケンをします!)完売いたしました! 本が売れないと言われているいま、買い手につぎつぎと本が届いていくさまが目前で見られてうれしくなりました。


今回はこの売上金から諸経費を引いたものを、福島で放射線防護のための知識普及につとめている「ふくしま30年プロジェクト」にお贈りいたしました。
https://fukushima-30year-project.org/

献本にご協力いただいた出版社を挙げさせていただきます。以下の15社です。心より感謝申し上げます。
新潮社、朝日出版社、晶文社、みすず書房、中央公論新社、講談社、筑摩書房、岩波書店、青幻舎、亜紀書房、創元社、港の人、赤々舎、白水社、産業編集センター

また販売には、黒田玲子さん、棚橋万貴さん、柏崎春奈さん、小林英治さんにご協力いただきました。
ありがとうございました。

2019年「本のポトラック」推薦図書リスト

推薦図書のリストを欲しいという声をいただきましたので、ご紹介した順に書名をあげておきます。

『海を撃つ』安東量子著(みすず書房) 
『チェルノブイリ 家族の帰る場所』  サンチェス文、 ブストス (朝日出版社) 
『あわいゆくころ』 瀬尾夏美 著(晶文社   
『濃霧の中の方向感覚』 鷲田清一 著(晶文社)   
『災害ユートピア』レベッカ・ソルニット (亜紀書房)
『新版・夜と霧』 YE・フランクル(みすず書房)  
『献灯使』多和田葉子 ((講談社文庫)
『ファミリー・ライフ』アキール・シャルマ著、小野正嗣訳(新潮社クレストブックス)
『波』ソナーリ・デラニヤガラ著、佐藤澄子訳(新潮社クレストブックス)
『インヴィジブル』ポール・オースター著、柴田元幸訳(新潮社)
『帰れない山』パオロ・コニェッティ著、関口英子訳(新潮社クレストブックス)
『出来事と写真』 畠山直哉大竹昭子 (赤々舎) 
『本をつくる 赤々社の12年』姫野希美ほか(産業編集センター)
世間のひと鬼海弘雄著(ちくま文庫)   
『ナニカトナニカ』大竹伸朗著 (新潮社)         
『ホンマタカシの換骨奪胎』ホンマタカシ著( 新潮社)
『風景論 変貌する地球と日本の記憶』港千尋 著(中央公論新社)
『断片的なものの社会学』岸政彦著(朝日出版社)
『神様の住所』九螺ささら著(朝日出版社)
『定本 北條民雄全集 上・下』北條民雄著(創元文庫)  
『言葉の小蔭 詩から、詩へ』宇佐見英治著 (港の人)
『ブルーシート』 飴屋法水著 (白水社)
『私の体がワイセツ?!』ろくでなし子 著(筑摩書房)
『あとがき』片岡義男著( 晶文社)
『石原吉郎詩文集』石原吉郎 著(講談社文芸文庫)
『原民喜全詩集』原民喜著(岩波文庫) 
『まど・みちお詩集』まど・みちお著(岩波文庫)
『富士』武田泰淳著(中公文庫) 
『ひどい目』レ・ロマネスク著(青幻舎)  
The Absence of Two』吉田亮一 著(青幻舎)

上記のほかに志賀さんから『志賀理江子写真展カタログ』を、堀江さんからはご著書『傍らにいた人』『オールドレンズの神のもとで』『坂を見あげて』『曇天記』を(いずれも銀ペンサイン入り,パラフィン掛けで!)ご提供いただき、私からは『須賀敦子の旅路』『ことばのポトラック』『あの画家に会いたい個人美術館』『この写真がすごい2』を献本いたしました(大竹)


2019年2月3日日曜日

写真家の赤城修司さんをお迎えして「ことばのポトラック vol.16」 - 福島から8年目の報告 - を、アップリンク渋谷にて開催します!

ことばを持ち寄るこころみ「ことばのポトラック」、第16回目の今回は、福島から写真家の赤城修司さんをお迎えいたします。赤城さんは、震災の翌日から住んでいる福島市内の写真を撮りはじめました。全戸の住宅汚染が開始されてからはブルーシートの写真が増えていきますが、「このブルーシートの写真を公表することに、今でも躊躇を感じている。どうして躊躇するのだろうと、という疑問も含めて、僕はこの感情をどこかに残さなければならない、と感じている」と述べています(『Fukushima Traces 2011-2013』)。放射能汚染のことはもちろん、それが引き起こす人間関係の軋轢にも考えを及ばせるのがポトラックの場。赤城さんが撮影した写真を上映しつつ、彼の自問自答を会場のみなさんと分かち合いたいと思います。東京に暮らすわたしたちが職場や友人関係で抱えている問題と彼の問いとは、決して無縁ではないのですから。みなさまのご参加をお待ちしています。(大竹昭子)


◆赤城修司
1967年福島生まれ、1989年筑波大学芸術専門学科群洋画コース卒業。福島市内の高等学校で美術教師を務める。震災後に家族とともに出身地の会津に避難し、そこから通勤する生活をつづけるが、5年後にもどり、現在は福島在住。震災の翌日から自分の足元の僅かな傷跡を記録しておきたいという思いで撮影をはじめ、いまも継続している。2015年に写真集『Fukushima Traces 2011-2013』(オシリス)を出版。

ゲスト:赤城修司(写真家)
司会進行:堀江敏幸・大竹昭子

◎日時
2019年3月9日(土)
18時半開場 / 19時開演(22時終演予定)

◎会場
アップリンク渋谷  スクリーン1 
〒150-0042 東京都渋谷区宇田川町37-18 トツネビル1階

◎チケット代
2.000円

◎チケット購入先

※2011年の初回からお世話になってきた「サラヴァ東京」が閉店のため、会場を、同じ渋谷の「アップリンク」に移しての開催となります。チケットは上記 WEB SITEからのご購入となります。(一部、アップリンク渋谷の窓口での取り扱いあり)
※また、「アップリンク」渋谷の会場併設ギャラリーでは、赤城修司写真展「Fukushima Traces 2011-2019」を開催します。展示期間:2019年3月6日(水)~3月11日(月)まで。
※トークの後に、出演者が推薦する書籍を出版社から提供いただいき、割引価格で販売する「本のポトラック」をおこないます。それらの収益と、入場収入の一部をあわせて、震災関連の活動に寄付いたします。

◆ことばのポトラック vol .16  予告編
(撮影・構成:磯﨑未菜)




2018年3月22日木曜日

「ことばのポトラック vol.14」ダイジェスト映像をアップ

2017年3月5日開催の「アートの底力」のダイジェスト映像をYouTubeで公開いたしました。
大震災を経験し、それまでの活動を本源から問い直すことになった鴻池朋子さんが、
当時の状況を振り返りつつ、その後どのように活動を再開していったかを語ります。
その時々の気持ちを、できるかぎり忠実に表現しようとする彼女のことばは、何度見返しても新鮮で、勇気づけられます!(大竹昭子)




2017年3月5日(日)
ポトラックvol 14「アートの底力」 ダイジェスト

撮影・編集:
大川景子

出演:
鴻池朋子(美術家)

司会進行:
堀江敏幸・大竹昭子

2018年3月20日火曜日

2018年3月11日(日)ことばのポトラック vol.15「大震災から今まで、言葉になること、ならないこと」では、写真家・志賀理江子さんにお話しを伺いました。

右から志賀理江子さん、堀江敏幸さん、大竹昭子

「ことばのポトラック」はこれまで14回おこなってきましたが、3月11日当日に開催したのは今回がはじめてです。わざわざ選んでそうしたわけではないものの、その日にお迎えするのにこれ以上ふさわしい人はないというゲストにお越しいただけて、とても特別な「ことばのポトラック」になりました。

ゲストにお迎えした志賀理江子さんはイギリスで写真を学び、その後も彼の地に留まり、このままヨーロッパを中心に活動していくだろうと思っていた矢先に、レジデンス・プログラムで帰国した際に仙台郊外の北釜の松林に魅了され、日本をベースにすることを決めました。松林にアトリエを建てたのは2008年11月で、それから2年数ヶ月後に大地震に遭遇。買い物に出ていて命だけは助かったものの、ほかのすべてのものを失いました。

これまで震災について語ったことはないそうで、ご本人も聞く側も緊張し、2011年3月27日の最初の「ポトラック」を思い起こすような空気のなか、スライドを上映しながら志賀さんが2時間ノンストップで語ってくれたのは、震災が自分にどのように影響し、何をもたらしたのかを、自己史も遡りつつ細心の注意を払ってことばを積み重ねた、これまでどこでも見聞きしたことのない「震災体験記」でした。

避難所での人々の様子、仮設住宅での暮らし、被災地に暗躍する政治の動きなどを、例をあげて語りながら宇宙的な視野につなげます。その原点にあるのは、すべての物事が等価になり世界が平たくなった震災の夜の風景だった、といいます。ヒトが生まれる以前の世界を想起させるような光景に彼女は魅せられ、と同時にそのなかからさまざまな価値が「キノコのように」生え、覆い尽くしていったのを目撃したのです。

ライブの場だからと思い切って話されたエピソードも多く、ここで触れることはできませんが、ひとつの話がつぎの話につながり、同心円状に輪のように広がっていくさまが見事でした。彼女の作品に「螺旋海岸」というシリーズがありますが、まさにそのように震災の体験が螺旋状に物語られていったのです。

志賀さんが自宅跡で拾ったという割れた地球儀

志賀さんが震災後に大きな影響を受けたものに、小野和子さんという児童文学者が1970年代にはじめた、「みやぎ民話の会」という民話採集の活動があります。物語は語る人とそれを聞く人の必然によって成り立つことを、志賀さんは小野さんから学びとったといいます。大震災のような既存のことばを超えた出来事に直面したときは、物語にすがるしかない。語りながら乗り越えていくのです。避難所ではブラックなジョークがたくさん飛び交ったそうですが、それは当事者にとって笑うことが切実だからで、もしかしたら、物語に救いをもとめることは、人間だけに許された、もっとも人間らしい行為なのかもしれないと思いました。
 
「みやぎ民話の会」については、志賀さんと一緒にお越しくださった「せんだいメディアテーク」の清水チナツさんが飛び入り参加でお話してくれましたが、そのなかに小野さんから聞いたという折口信夫のことばがありました。人の家を訪ねて門前で帰ってしまう人を、むかしの人は蔑んだそうです。門の中に入らなくてはならない。入れば訪ねた人は変わることを余儀なくされ、聞く人と語る人が溶け合う濃密な時間が生まれるのだと。

仙台メディアテークの清水チナツさん(左)が飛び入り参加で「宮城みんわの会」について話してくれました

この日、会場には100名の方が集いました。それでも多くの希望者をお断りしなければならなかったのですが、会場に足を運ぶというのは、いわば「門を入る」ことです。そこでは、それまでの自分を横に置き、その場で起きていることを受け入れる「器」にならなくてはいけません。メディアを通じて何かを得るのとは異なる、生身を差し出す行為なのです。

情報が簡単に手に入る現代では、まどろっこしい方法とも言えますが、「ポトラック」の原点はまさにそこにある、と改めて思いました。ふだん意識にのぼってこなくても、記憶として残る濃厚なものを体のどこかに入れておくこと。忘れても、いつかは出てくるかもしれないから、そのことを信じて「器」を満たしておくこと。そのことを肝に命じられたた貴重なひとときでした。(大竹昭子)

写真:サカタトモヤさん